2005年12月18日

土日

昨日は中国新聞文化センター興銀ビルの教室。
みなさんで稽古をしていると、中国新聞の方がカメラを持ってきた。
「次回の新聞に稽古の様子を載せたいので」と。

稽古も7時すぎにはやめた。
今日は忘年会。
教室の方が予約してくださったのは大手町にあるアルゼンチン料理の店。
さむいなか肩をすぼめて三線を担いで歩いた。

最初、濃い民族的雰囲気を想像していたが入ると、お客も多く暖かい家庭的雰囲気。
まるでセンスいいイタリア料理店のようだ。

よくわからないメニューも親切な店員さんとマスターのガイドによって頼みつつ、あまり交流もなかった教室のみなさんとの話は盛り上がった。
公務員、民間、病院、団体職員、学生などなどみなさんの職種は多様。

なぜ沖縄に?という質問も多様な答え。

学生のTさんは九州出身だが「沖縄民謡がやりたくて」と。沖縄には一度も言ったことはないという。
こういう若い人も最近よく見かけるようになった。
少し前は沖縄に旅行してはまってしまって、三線まで、というパターンも多かったが、それだけ本土に沖縄の民謡が知られるようになったということだろうか。

ビールにアルゼンチンワインの少し強いやつをいただいてほろ酔い気分のころお開き。
値段もリーゾナブル。
と、ドアを開けたとたん驚いた。雪景色。どんどん降り積もる雪。

そのあと駅で、吹雪のホームで電車を待たされたり大雪を足に雪が入り冷たい思いをしながら帰宅した。
それでもおいしい料理と教室のみなさんとの楽しい時間が心を暖めてくれたのか、辛くはなかった。

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(アルゼンチン料理、餃子の皮のようなものでカレー味のミンチを包んであげたもの。ほかのも肉、やさいたっぷりで十分飲んで3000円くらい)

実は、昨日教室の前に自分の稽古をしようと平和公園へ。
寒くて雪がちらついたのだが、雪もやんだスキにベンチに座り おもむろに課題曲を。
手がかじかむ。
くしゃみが出だした。
こりゃいかん、とスタバのコーヒーで体を温めた。


今朝、どうもそれで風邪をすこしこじらせたようだ。
鼻水が。。。
温泉に行ったが、車の中で練習。先生のMDを大きくしたり小さくしたりで、いろいろ発見する。節の違いが見える。それを少し訂正。

来月元旦に沖縄入りするが、いつも定宿ではベット。練習するのに正座をしたい。
それで那覇の安いホテルの和室を探した。
あった。これで一日は練習ができる。

今夜は暖かくして寝ないと。
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2005年12月17日

試験にむけて

雪がちらつく広島。
暖房しても足が冷える。
横川教室のビンゴで当たった手編みのカーディガンを羽織る。

宅配から電話。沖縄から代引きの品物がきたという。
教師試験で着る紋付と袴だ。

合わせて33800円。
来月2回沖縄行きを計画している身にはすこし痛い。

来月1日は宮崎から沖縄入り。
3日が由絃會教師試験。
4日帰広。

1月22日は由絃會の新年会があり、そこで免状の付与式がある。
試験に受かるかどうかまだ決まらないが、チケットは予約した。
これで受からないわけにはいかなくなった。

さて問題は課題曲。
かぎやで風
由絃會の謡
南洋浜千鳥
宮古根

当初、谷茶前伊計離節もあったり、天川のご指導も受けた。
試験に向けた練習こそが大事ということだろう。

朝昼版の練習は欠かしてない。
通勤では、約20分の歩く区間でMDを聞き一緒に歌う。寒いときは口が動かない。
夏は汗びっしょりになりつつ。
電車の中では居眠りもしながら。

振り返り、師匠に直に習うという機会は多くはなかった。
仲西光雄先生が広島に来られた2回と、いただいたMDを繰り返し聞き合わせてみるという
稽古。それはとてもありがたかった。

南洋浜千鳥を先日三原の合同稽古で歌わせていただいたとき、歌持ちが短く始めてしまった。
理由がある。昼休みの短い時間に稽古をしてきたが、時間を気にして無意識のうちに短く歌持ちをしてしまっていたようだ。
一人で稽古をしているとそういう落とし穴がある。
節も、時々録音はしてチェックしているが、安定しないときもある。
かぎやで風も、三線につられて節が変動しているときが箇所がいくつか発見している。

練習は毎日の積み重ねであるけれど、発見がなければ進歩がない。

いつも失敗をおそれてはいけないと言っているが、それも修正するから進歩するのであって
歌いっぱなし、間違えたままでは意味がない。

かぎやで風は、何度も工工四と声楽を確かめつつ、自分への注意をマーカーで書き込むので工工四は塗り絵のごとくになった。
由絃の謡は、歌詞の意味をかみ締めながら。
南洋浜千鳥は思い入れを込め、そして装飾を廃して。
宮古根はゆっくりと、思い入れを込めて。

あと2週間と少し。
自分が習ってきたことを先生方にそのまま見ていただくという姿勢で練習を積みたい。

沖縄から届いた着物をながめつつ。

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2005年12月13日

17歳の誕生日

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17歳になった。
当然、私ではない。息子、長男である。

ちょうど海田教室の日だったが、みなさんのご好意で一緒にケーキを食べていただくことに。
だれかが。ハッピーバースデーを三線で弾く。

17歳の誕生日かあ。とみなさんも青春を思い出して少し話題になった。

昔がよかったという人。
高校時代は楽しくてしょうがなかった、今は苦労ばかりだ。という人。
いや青春時代は胸にとげさすことばかり、と唄の歌詞のようなことをいう人。

私は後者だったなあ。

高校時代はさきがみえず、暗闇の中をわずかな明かりで歩いているような感じだった。
音楽に興味がわいたり、本を読み出したのも、自分の周りの世界が見えないから知りたいという興味だったなあ。
音楽は、まったく今と変わらないスタンス。
その向こうにあるものを知りたくて、自分のものにするという方法。
沖縄民謡、三線もその向こうにあるものに触れることができる。時代や空間を越えて、知らない世界、時代の人々と話ができるような感覚。同じ喜び、高揚感を味わえる不思議さ。

他人は他人であるが、自分でもある、というようなことを音楽や本やもろもろで学んだ。

17歳に戻りたい、と誰かがつぶやいた。

私は若さもいいが、今の自分が一番いいな。
今は苦労も多いが楽しい。


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2005年12月12日

あと20日

3日が試験だ。
仲西光雄先生は昨日こられて教師試験の怖さをさんざん教えられた。

そして歌った「南洋浜千鳥」「なーくにー」
どれも早く、また装飾も多いことは自分でも感じた。
たくさんのメンバーの前ということより、師匠の前で歌うというのはいちばんつらい。

今日は海田教室。

リベンジのつもりもあるので、積極的に歌わせてもらった。

南洋浜千鳥。
先生のいわれるように、ゆっくり。そして丁寧に。
遊びを排除しrた。

ナークニー。先生から教えられた節回しに忠実に。
しかし自分の気持ちはいれながら歌う。

こういう歌は難しいが、気持ちもいい。
うまくいったかどうかは別として、気持ちは高揚した。

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人前で歌うことをおそれず、それも修行だとやってほしい。
来年受ける人々とその次の人々の一部はそれに気づいている。
間違えることを恥ずかしがることより、間違えることを恐れることのほうが恥ずかしいのだと。
間違えたら自分の弱点が見える。

これをしない人は進歩がない。

進歩しないでよいと思っているならそれでもいい。





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2005年12月11日

稽古終了

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無事三原での稽古終了。
それにしてもたくさんの参加。
先生も4時間にわたる稽古お疲れ様でした。
みなさんもご苦労様。

posted by たるー at 21:36| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日は稽古

仲西光雄先生が沖縄から三原に来られている。
三原には仲西光雄先生の息子さんの仲西樹(たつる)君がいて三原教室の指導をしている。
その三原教室と合同稽古。

三原中央公民館にあつまる予定。

私ももう3週間後に迫る試験にむけてお手合わせをしていただく。

肩の力を抜いていきたいものだ。

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2005年12月10日

琉風会忘年会

もう先週のことになるが、琉風会の総会があり、私はもりにーとともに共同代表を退任。
かわりに若いメンバー2人が代表に選出された。

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まあ、5年間を振り返り、創設にかかわったものとして感慨もひとしおなのだが、やはり仲間たちと一緒につくってきた「広島エイサー琉風会」であったし、悩み苦しみもあったが仲間がいたから乗り越えられたということはいうまでもない。

広島に沖縄の風を吹かせたい。平和を願う沖縄の心と広島の心をむすびつけたいという願いで仲間たちと立ち上げた琉風会も、今多くの仲間たちが共感し、ともにエイサーを愛し、沖縄を愛していく輪が広がっている。

琉風会の忘年会の写真ができたというので眺めているが、仲間たちの顔はいいもの。
そして会場は広島の沖縄料理屋発祥の店「琉平」35年くらいの老舗だ。

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退任するわたしともりにーに花束がわたされた。
みなさん、ありがとう!

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宴会は盛り上がり。。

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店内は熱気むんむん、楽しくなれば踊りだす。エイサーも飛び出す。

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私も酔っ払い三線を。

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この5年間仲間がくれたエネルギーに感謝し、またさらにあと5年はがんばるつもりだ。
地謡の育成もしたい。
歌三線も一層精進したいものだ。

とにかく、琉風会のみなさん、応援してくれたみなさん。
5年間ありがとうございました。
これからもよろしく。










posted by たるー at 18:14| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月02日

12月に

とうとう師走になった。

一年間さまざまなことがあったし、また来年はいろいろなことがあるだろう。

あと一ヶ月で試験だ。

あせらず、ご指導いただいた師匠と自分を信じて、いけるところまでいく、それが自分らしさ。

ことしは自分らしく生きてきたような気がする。

来年も自分らしく生きていくために、あと一ヶ月を大事にしたい。
posted by たるー at 00:16| 広島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月29日

謙虚さに学ぶ

いつもご指導いただいてる(といってもご本人はそう思っていない)胤森さんから電話があった。
いくつか彼の本について質問や意見のファックスをさせてもらった返事だ。

「すぐ返事送るけーの。」

80にもなるおじい。でもウチナーグチからは離れない。
沖縄県立図書館には何冊か、彼の著作の蔵書があるという。
今、検索してみた。
8冊ある!

彼の専門は、中国語、朝鮮語と沖縄語の関連だ。
琉球王朝の頃沖縄には「おもろそうし」など以外、文献、文字文化がなかったために、時代ごとの発音が記録されていない。沖縄と交易があって中国、朝鮮などの資料に発音が記録されている。それを手がかりに時代ごとの沖縄語の変遷を調べ、今日の沖縄語の成立を調べるのが彼の目的。

私は、単なる歌者を目指すもの。
胤森さんとは違う。研究者ではない。
知ったかぶりもするつもりはない。

ただ、ただ、辞書(現在は沖縄語辞典のみ)といくつかの本を頼りに、胤森さんに習いつつ、歌の師匠から習った歌を基本に自分なりの訳をしていくのが基本姿勢だ。

間違いもあるであろう。かの胤森さんもいくつかの間違いもしながら研究をされている。私のは不勉強ゆえの間違い。
しかし、間違えて恥としない。困難な道は間違え、試行錯誤しながら進むべきもの。それだけのすばらしい魅力と価値が沖縄民謡にはあると信じるから。
たとえ間違えていても、それは正しながら進めていきたい。

胤森さんから
「明日、また返事送る。いやーあのときは分からんがったんじゃのー」

人間は一歩づつ進むものだ。謙虚な胤森さんに学びたい。
posted by たるー at 06:34| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日

嬉しいことと残念なこと

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三線をやっていて嬉しいこと。

いつも三線教室でいっている言葉が役に立ったという連絡を受けた。

その人はある試験をうけていて、大きな失敗をした。
そのとき、私が教室で言っている「失敗したとき、しまった!ではなくしめた!と思ってほしい」を思い出したという。それで、そこを何回も練習して、実はその部分が自分の得意な部分になっていたという話。
実はバイクの免許。

ほう、そうかあ。と私は思った。なんでも通じることなんだと。

三線を通じて、沖縄のことを知る、学ぶといつもいっているが、それを通じて人生に大事なことも学んでいただいているんだと分かった。


もうひとつ、断酒ブログを閉鎖しました。

なかなか断酒にならない。

ときおり酒を飲む。

たしかに今年の春、多くメンバーが新人賞を受けるということになり、私も自分に鞭を打つつもりで断酒を敢行した。四ヶ月の断酒が完遂できたのは奇跡だったのかもしれない。

今回は自分の試験のために断酒するとした。
しかし、なかなか自分のため、というのが苦手なのだ。

それからストレスがたまることで体調に変化がではじめた。
これはすこしまずい。

それで、しばらく中断。
復活するかもしれないが、そのときはよろしく。

明日以降寒波が来るという。日本酒が旨くなる季節だ。
posted by たるー at 21:33| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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