2005年12月29日

しばらくお休み

明日から宮崎へ帰省し、一日に沖縄入りします。
ここのブログは携帯からの書き込みがとても不便。
よって、このブログはしばらくお休みします。

他のブログで様子を書き込むかもしれません。

月夜浜掲示板http://8329.teacup.com/taru/bbs
ならびに 島唄研究ブログhttp://taru.ti-da.net/ はなるだけ更新する予定です。

では、みなさんよいお年をお迎えください。
そして来年がみなさまにとってよい年でありますように。
posted by たるー at 00:40| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

紫色の空

空気が澄んでくるこの季節。
私の働くこの町の空では、夕方に時々紫の空を見る。

仕事が終わるころに西の空に冷たい空気とともに
丸い雲と空がやや紫がかって見える。

いよいよ試験が一週間後に迫った。
緊張感よりも、うれしい気持ちで胸がいっぱいになるのはどうしてだろう。

まったくの自己流ではじめた沖縄民謡と三線。
だれの教えもなく、気がついたら、会社で「かんから三線」を作って手にしていた。
工場に落ちている角材と、ゴミ捨て場にあったお菓子のカンカン。
知り合いがくれた釣り糸。
機械で削り組み立てる。
音が出ない。
なんとか工夫する。
音が出た!!
そのときの嬉しさ。

三線の姿を想像しながら出来上がったかんからを持って
沖縄料理屋さんを回り、へたくそな歌を聴いてもらっていた。

「がんばってね」
沖縄の方は、苦虫をかんだような顔をしながらも、手作りの三線を持って歌うものに
やさしい言葉とはげましを忘れなかった。

その冬、三線が欲しくなった。
気がつくと、「宅急便です」と三線が届けられた。
私の性格は、目的が決まるとその過程は記憶に残らない回路でできているらしい(笑)

ケースを開けたときの蛇の皮の匂いはいまでも忘れない。こんなことはよく覚えている。

そして、三線を持って出かけた近くの公園。
へたくそな谷茶前を歌っていた。

その背景には紫の空があったのを覚えている。

それを見ると一昔前の、三線をはじめたばかりの自分が見えるような気になるのだ。

そして、しばらくして河原が私の三線練習場になる。
熱い夏の夕方。涼しい風をいただきながら三線を引き、ビールを飲む。

それから、紫色の空を何回見ただろう。

空の色も空気の味も変わらない。
三線の音色も歌も変わっていないかもしれない。

それでもあと一週間後
私は沖縄で歌っているだろう。
ないごともなかったように。

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posted by たるー at 22:25| 広島 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

実況

巷ではクリスマス。
私はあと試験まで一週間ということで浮かれたいけど浮かれられない。

しかし、朝からずっと三線を弾くわけにもいかず
まあ正の字を書きつつ課題曲をあちこちで唄っている。

昼。太陽も顔だした。
三線持って河原だ。
お決まりのコース。
暖かいお茶とチョコを買って
いつもは将棋のおっさんらがたむろするベンチもさすがに冬だ。
だーれもいない。

瀬野川にゃあいいシチュエーションで鳥だちが水浴びしている。
あいつら寒くないのかねえ。

いいシチュエーションとは、南洋浜千鳥の情景にピッタシだからね。

それにしても太陽のぬくもりも北風には負ける。
課題曲かぎやで風、由絃の謡、南洋浜千鳥、宮古根をふるえつつ。。

宮古根と浜千鳥はくりかえして10回くらいは歌ったが
かぎやで風と由絃は5回が限度。
風邪をひいたら意味がない。

退散だ。。。

さ、サウナに行こう。。

体温めにゃ。。。

さむげな海田の河原から実況中継でした(笑)

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posted by たるー at 16:01| 広島 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

送別会

昨日は横川教室 弾き納め。
雪も降る寒い日。

期せずして、教室のAさんが沖縄へ移住するために送別会ともなった。
甑の2階で鍋を囲みながら一年間の想いを各自が語った。

一年毎週唄三線を続けることはそんなに簡単なことではないが教室があり仲間がいるということは支えあう持続する力になるものだと思う。
そしてその仲間の中から大きな志を持って沖縄に行くAさんにみなさんもはなむけの言葉を送った。

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こんなケーキまで飛び出した。
それから来年4月に結婚をされると発表されたKさんもおめでとう!
いろんな意味で昨日の宴会はなにかをめざして生きていく人をたたえるものだった。

私は教室を指導させてもらってきて、教室のみなさんを「仲間」というより同じ志を持つものとして死語のようになっている「同志」だと思っている。
同志って、古い言葉だが、どこかの国の指導者をさす言葉にしておくのはもったいない。

沖縄民謡を愛し、それを楽しく学ぶということのなかには辛い事だってある。芸術を志すということは楽しいばかりではない。技術を習得する、学ぶという行為の中には苦しいことだってある。そうでないと大きな達成感と喜びは味わえないのだと思う。

苦しいときに、一番励まされるのはやさしい言葉よりも、前を向いてひたすら唄三線を学ぶ姿を見ること。示すことではないか。
言葉は飾ることがいくらでもできる。
しかし、生き方はまる裸だ。
正直だ。
ごまかしがきかない。
その人の行き方、姿勢、態度の中には本当の言葉があるように思う。
それが同志ではないかと思う。

沖縄語で友達をさす言葉に「どぅし」があるがこれは「同志」からきていると思うのはうがっているだろうか。(おそらく違うであろうが・・)

教室を離れても同じ三線同志(どぅし)として唄三線の道を極めよう。
来年7月に西原で会おう。





posted by たるー at 12:35| 広島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

土日

昨日は中国新聞文化センター興銀ビルの教室。
みなさんで稽古をしていると、中国新聞の方がカメラを持ってきた。
「次回の新聞に稽古の様子を載せたいので」と。

稽古も7時すぎにはやめた。
今日は忘年会。
教室の方が予約してくださったのは大手町にあるアルゼンチン料理の店。
さむいなか肩をすぼめて三線を担いで歩いた。

最初、濃い民族的雰囲気を想像していたが入ると、お客も多く暖かい家庭的雰囲気。
まるでセンスいいイタリア料理店のようだ。

よくわからないメニューも親切な店員さんとマスターのガイドによって頼みつつ、あまり交流もなかった教室のみなさんとの話は盛り上がった。
公務員、民間、病院、団体職員、学生などなどみなさんの職種は多様。

なぜ沖縄に?という質問も多様な答え。

学生のTさんは九州出身だが「沖縄民謡がやりたくて」と。沖縄には一度も言ったことはないという。
こういう若い人も最近よく見かけるようになった。
少し前は沖縄に旅行してはまってしまって、三線まで、というパターンも多かったが、それだけ本土に沖縄の民謡が知られるようになったということだろうか。

ビールにアルゼンチンワインの少し強いやつをいただいてほろ酔い気分のころお開き。
値段もリーゾナブル。
と、ドアを開けたとたん驚いた。雪景色。どんどん降り積もる雪。

そのあと駅で、吹雪のホームで電車を待たされたり大雪を足に雪が入り冷たい思いをしながら帰宅した。
それでもおいしい料理と教室のみなさんとの楽しい時間が心を暖めてくれたのか、辛くはなかった。

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(アルゼンチン料理、餃子の皮のようなものでカレー味のミンチを包んであげたもの。ほかのも肉、やさいたっぷりで十分飲んで3000円くらい)

実は、昨日教室の前に自分の稽古をしようと平和公園へ。
寒くて雪がちらついたのだが、雪もやんだスキにベンチに座り おもむろに課題曲を。
手がかじかむ。
くしゃみが出だした。
こりゃいかん、とスタバのコーヒーで体を温めた。


今朝、どうもそれで風邪をすこしこじらせたようだ。
鼻水が。。。
温泉に行ったが、車の中で練習。先生のMDを大きくしたり小さくしたりで、いろいろ発見する。節の違いが見える。それを少し訂正。

来月元旦に沖縄入りするが、いつも定宿ではベット。練習するのに正座をしたい。
それで那覇の安いホテルの和室を探した。
あった。これで一日は練習ができる。

今夜は暖かくして寝ないと。
posted by たるー at 23:52| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

試験にむけて

雪がちらつく広島。
暖房しても足が冷える。
横川教室のビンゴで当たった手編みのカーディガンを羽織る。

宅配から電話。沖縄から代引きの品物がきたという。
教師試験で着る紋付と袴だ。

合わせて33800円。
来月2回沖縄行きを計画している身にはすこし痛い。

来月1日は宮崎から沖縄入り。
3日が由絃會教師試験。
4日帰広。

1月22日は由絃會の新年会があり、そこで免状の付与式がある。
試験に受かるかどうかまだ決まらないが、チケットは予約した。
これで受からないわけにはいかなくなった。

さて問題は課題曲。
かぎやで風
由絃會の謡
南洋浜千鳥
宮古根

当初、谷茶前伊計離節もあったり、天川のご指導も受けた。
試験に向けた練習こそが大事ということだろう。

朝昼版の練習は欠かしてない。
通勤では、約20分の歩く区間でMDを聞き一緒に歌う。寒いときは口が動かない。
夏は汗びっしょりになりつつ。
電車の中では居眠りもしながら。

振り返り、師匠に直に習うという機会は多くはなかった。
仲西光雄先生が広島に来られた2回と、いただいたMDを繰り返し聞き合わせてみるという
稽古。それはとてもありがたかった。

南洋浜千鳥を先日三原の合同稽古で歌わせていただいたとき、歌持ちが短く始めてしまった。
理由がある。昼休みの短い時間に稽古をしてきたが、時間を気にして無意識のうちに短く歌持ちをしてしまっていたようだ。
一人で稽古をしているとそういう落とし穴がある。
節も、時々録音はしてチェックしているが、安定しないときもある。
かぎやで風も、三線につられて節が変動しているときが箇所がいくつか発見している。

練習は毎日の積み重ねであるけれど、発見がなければ進歩がない。

いつも失敗をおそれてはいけないと言っているが、それも修正するから進歩するのであって
歌いっぱなし、間違えたままでは意味がない。

かぎやで風は、何度も工工四と声楽を確かめつつ、自分への注意をマーカーで書き込むので工工四は塗り絵のごとくになった。
由絃の謡は、歌詞の意味をかみ締めながら。
南洋浜千鳥は思い入れを込め、そして装飾を廃して。
宮古根はゆっくりと、思い入れを込めて。

あと2週間と少し。
自分が習ってきたことを先生方にそのまま見ていただくという姿勢で練習を積みたい。

沖縄から届いた着物をながめつつ。

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posted by たるー at 11:53| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

17歳の誕生日

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17歳になった。
当然、私ではない。息子、長男である。

ちょうど海田教室の日だったが、みなさんのご好意で一緒にケーキを食べていただくことに。
だれかが。ハッピーバースデーを三線で弾く。

17歳の誕生日かあ。とみなさんも青春を思い出して少し話題になった。

昔がよかったという人。
高校時代は楽しくてしょうがなかった、今は苦労ばかりだ。という人。
いや青春時代は胸にとげさすことばかり、と唄の歌詞のようなことをいう人。

私は後者だったなあ。

高校時代はさきがみえず、暗闇の中をわずかな明かりで歩いているような感じだった。
音楽に興味がわいたり、本を読み出したのも、自分の周りの世界が見えないから知りたいという興味だったなあ。
音楽は、まったく今と変わらないスタンス。
その向こうにあるものを知りたくて、自分のものにするという方法。
沖縄民謡、三線もその向こうにあるものに触れることができる。時代や空間を越えて、知らない世界、時代の人々と話ができるような感覚。同じ喜び、高揚感を味わえる不思議さ。

他人は他人であるが、自分でもある、というようなことを音楽や本やもろもろで学んだ。

17歳に戻りたい、と誰かがつぶやいた。

私は若さもいいが、今の自分が一番いいな。
今は苦労も多いが楽しい。


posted by たるー at 23:29| 広島 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

あと20日

3日が試験だ。
仲西光雄先生は昨日こられて教師試験の怖さをさんざん教えられた。

そして歌った「南洋浜千鳥」「なーくにー」
どれも早く、また装飾も多いことは自分でも感じた。
たくさんのメンバーの前ということより、師匠の前で歌うというのはいちばんつらい。

今日は海田教室。

リベンジのつもりもあるので、積極的に歌わせてもらった。

南洋浜千鳥。
先生のいわれるように、ゆっくり。そして丁寧に。
遊びを排除しrた。

ナークニー。先生から教えられた節回しに忠実に。
しかし自分の気持ちはいれながら歌う。

こういう歌は難しいが、気持ちもいい。
うまくいったかどうかは別として、気持ちは高揚した。

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人前で歌うことをおそれず、それも修行だとやってほしい。
来年受ける人々とその次の人々の一部はそれに気づいている。
間違えることを恥ずかしがることより、間違えることを恐れることのほうが恥ずかしいのだと。
間違えたら自分の弱点が見える。

これをしない人は進歩がない。

進歩しないでよいと思っているならそれでもいい。





posted by たるー at 23:51| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月11日

稽古終了

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無事三原での稽古終了。
それにしてもたくさんの参加。
先生も4時間にわたる稽古お疲れ様でした。
みなさんもご苦労様。

posted by たるー at 21:36| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日は稽古

仲西光雄先生が沖縄から三原に来られている。
三原には仲西光雄先生の息子さんの仲西樹(たつる)君がいて三原教室の指導をしている。
その三原教室と合同稽古。

三原中央公民館にあつまる予定。

私ももう3週間後に迫る試験にむけてお手合わせをしていただく。

肩の力を抜いていきたいものだ。

posted by たるー at 09:50| 広島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

琉風会忘年会

もう先週のことになるが、琉風会の総会があり、私はもりにーとともに共同代表を退任。
かわりに若いメンバー2人が代表に選出された。

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まあ、5年間を振り返り、創設にかかわったものとして感慨もひとしおなのだが、やはり仲間たちと一緒につくってきた「広島エイサー琉風会」であったし、悩み苦しみもあったが仲間がいたから乗り越えられたということはいうまでもない。

広島に沖縄の風を吹かせたい。平和を願う沖縄の心と広島の心をむすびつけたいという願いで仲間たちと立ち上げた琉風会も、今多くの仲間たちが共感し、ともにエイサーを愛し、沖縄を愛していく輪が広がっている。

琉風会の忘年会の写真ができたというので眺めているが、仲間たちの顔はいいもの。
そして会場は広島の沖縄料理屋発祥の店「琉平」35年くらいの老舗だ。

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退任するわたしともりにーに花束がわたされた。
みなさん、ありがとう!

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宴会は盛り上がり。。

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店内は熱気むんむん、楽しくなれば踊りだす。エイサーも飛び出す。

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私も酔っ払い三線を。

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この5年間仲間がくれたエネルギーに感謝し、またさらにあと5年はがんばるつもりだ。
地謡の育成もしたい。
歌三線も一層精進したいものだ。

とにかく、琉風会のみなさん、応援してくれたみなさん。
5年間ありがとうございました。
これからもよろしく。










posted by たるー at 18:14| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月02日

12月に

とうとう師走になった。

一年間さまざまなことがあったし、また来年はいろいろなことがあるだろう。

あと一ヶ月で試験だ。

あせらず、ご指導いただいた師匠と自分を信じて、いけるところまでいく、それが自分らしさ。

ことしは自分らしく生きてきたような気がする。

来年も自分らしく生きていくために、あと一ヶ月を大事にしたい。
posted by たるー at 00:16| 広島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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