2005年08月30日

MD到着

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先週、仲西光雄先生から来年の最高賞の課題曲をMDに吹き込んでいただいたものがおくられてきた。

課題曲は 普久原朝喜作の「世宝節」と「浦波節」。

どちらになるかは、来年7月のコンクール前に行われる抽選で決まる。
実は2コースあって、これは、いわば情け歌コースで、他に早弾きコースがある。課題曲は嘉手久とアッチャメー小。こちらにならず、情け歌コースを先生は選ばれた。

それはともかく、沖縄に住んでおられる先生からはこうやって課題曲を吹き込んでいたただいたものを送ってもらう。それを「擦り減る」(笑)まで聞くのが、まず私の稽古の一歩だ。

「まだ、ちゃんと聞いていない」
昨年優秀賞のご指導の過程で厳しいことを言われた。
何度聞いただろう。
気分も悪くなるまでリピートしたり、一部分だけ切り取って分析もした。
しかし、先生の言われるとおり、何度聞いても、聞き逃しや、思い込みというのがある。

一緒に歌って、出来ている、と思っても、それは思い込みだったりする。
実際、先生の言われるとおりだったりする。
まだ、まだ聞きが足りないというのは本当だと痛感する。

さて、よくよくMDを聞いていると、先生は研究所で録音されているので、窓の外の音が一緒に録音されていることがある。

夏にはサンサナー、クマゼミの鳴き声が。
時々はクラクションが入っていて、車で聞いているとドキッとすることがある。

今回は、なんとジェット機の爆音が。

繰り返し聞くにはすこし辛い音だが、これも沖縄の今のあり方を切り取った瞬間だ。
耳に痛い勉強ではあるが、先生に感謝し、毎日聞いている。

(写真は筆者と仲西光雄先生)



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2005年08月28日

沖縄は歌の島

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図書館から「沖縄は歌の島 ウチナー音楽の500年」(藤田正 晶文社)を借りてきた。

沖縄の古典音楽から、民謡、さらには沖縄ポップスといわれる流行歌にいたるまで、その背景を歴史的に解説したもの。
とても島唄をこれから勉強していこうというものには勉強にも刺激にもなる本である。

しかしただの解説ではなく、一本の伏線があり、それは、ヤマトの侵略と影響をうけながら独自の芸術を維持発展させてきた沖縄の苦悩をどれだけ自分達が理解できるのか、という問題意識である。
80年代に起こった沖縄音楽ブームということについてもそれを、通常の評論のごとくただ肯定してはいない。
このあたり、本土の音楽業界の中身を知っているものの苦悩と思いがよくあらわれている。

ブームとはなんだろう。ヒットとはなんだろう。
今の音楽産業が私たちに提供する音楽とはなんだろう。
そのなかで何故島唄なのか。。。

そのあたりはこの本を読んでいくとぶつかる問題意識である。

そろそろ夜中あたり秋風も感じられる季節。
三線をもつだけでなく、
本を読む時間もとりたいものだ。


posted by たるー at 23:07| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月19日

「うーくい」と「あの世」

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九州では家族でビールを飲んでいて送り火を炊くのを忘れるという不信心なことをしたが
今日は、沖縄の「旧盆」のうーくい(送り)。

沖縄では、お迎えしたご先祖さまを丁寧に「あの世」に送り返すためにエイサーが踊られる地域も多い。

たまたま琉風会の例会と重なり、数名のメンバーと「うーくい」のエイサーだということで
「心を込めて踊りましょう」
ということになった。

ところで、旧盆という言い方もおかしい。
本土でもかつては太陰暦を使っていたのだが、今は太陽暦にしたから「旧」というが、沖縄の場合はずっと太陰暦で生活が動いているわけだから、本土を中心にした言い方である。

元祖のお盆ということで、本盆とか、のほうが感じがでるのではないか。

ところで、いろいろお盆の由来を調べると、面白い。

本来のインド仏教には、ご先祖様が大挙して戻ってくるというような信仰はない。
周知のように盂蘭盆会という、釈迦の弟子にまつわる逸話から取って「お盆」というらしいが、それはお布施をすることで地獄に落ちて苦しむ弟子の母親を助けるという話しが元々である。

では、なぜ日本には、先祖が戻ってくるという信仰があるのか。

「日本人の「あの世」観」(梅原猛著)によると、日本に仏教が伝えられるはるか以前の原始宗教は、なくなった人が、ある時期戻ってくると考えていて、それを残しているのが沖縄とアイヌのあの世に対する考えだという。
あとから入ってきた仏教と、そういう思想を重ねて、今のお盆があのような形で行われていると推測する。
「あの世」とか「浄土」にいったご先祖がはるか遠くにありながら、お盆やお彼岸に帰ってくるというのは、日本人の宗教観が二重構造になているのではないか。。などなど。

つまり、仏教をすこし作り変えて、自分達の昔からの先祖供養の考え方をつくりだしたのがお盆などの行事なわけだ。
ご先祖様を崇拝するのに、遠くにいるのでは、親近感が湧かないし、また日本の夏のこの時期、熱帯夜で眠れないときに、お化けの話しが多くでるように、現実味がある。

エイサーの話しに戻る。
勇壮な太鼓、賑やかな囃子、歌三線の音色。
神聖な踊りというわりに派手なことをするのは、戻ってきたご先祖様が、居残ることのないように、「追い出す」意味もあるのだとなにかの本で読んだことがある。

あの世とこの世は、だらだらと一緒にするわけにはいかない、3日間は、あの世の人々と交流しても、いつまでもとはいかないのだ。だから太鼓で賑やかにするのだと。

宮崎で忘れた送り火で、さまよっているご先祖さまも、エイサーで無事お帰りになられたであろうか。

(写真は昨年の宮崎、波島地区での盆踊りエイサー)


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2005年08月12日

ウチナーグチ

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「沖縄語の入門 たのしいウチナーグチ」(西岡敏 仲原穣共著 白水社 別売CDあり)


尊敬するウチナーグチの研究家、胤森さんから推薦された本。
かなり以前にテープだけ借りて、そのまま時々聞いていたのだが、最近すこしまじめに勉強をはじめた。

ウチナーヤマトグチは、沖縄民謡をやるヤマトンチュの間でも流行っている。
「・・・してるさー」
「だっからよー」
映画や本の影響もあるのか、イントネーションは、それぞれの創作であるのはしかたないとしても、どこまでがウチナーグチなのかヤマトグチとの混合なのかわからなくなる。
もちろん、今沖縄の年配でない人々にはウチナーグチが聞き取れてもしゃべられない人は増えている。厳密にウチナーグチとは首里語をさすのだから、さらにしゃべれる人の人口は少なくなているという。

かくいう私もヤマトンチュ。ウチナンチュの先輩が時々語ってこられる敬語を含むウチナーグチにはよく聞き取れないことが多い。たまにとんでもない誤解を生むこともある。いつかはきちんと習いたいと思っていた。
沖縄民謡にもさまざまだが、古典を学ぶには首里語の勉強は欠かせない。民謡でも歌の意味がわからないと「思い入れ」ができない。

胤森さんは嘆かれる。
「声門破裂音も正確に発音するウチナンチュは少なくなった」
「豚」の「ゥワー」('waa) と「私」の「ワー」(waa)は、明確に区別される。

発音、そして敬語を含む文法、その両方がわかりやすく解説されているのがこの本だ。

まるで英会話の初級本のように、単純な文章をCDで聞きながら文法を学べるこの本はヤマトンチュだけでなく沖縄民謡を学ぼうとする人には必読かもしれない。

胤森さんにいわせると、数箇所自説と違う部分もあるそうだが、それはおいといて、お勧めの一冊。
posted by たるー at 10:54| 広島 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メッセージソング

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たまにはまっとうな話も書く。

連休にはいり、図書館に行く機会も増えた。
藤田正さんの「メッセージソング」(解放出版社)は読み応えがあった。

沖縄民謡をやるものとしても、是非世界の音楽、とくにメッセージソングの意味合いについて学んでほしいと思う。

沖縄民謡にもたくさんのメッセージソングがある。抵抗の歌もあるし、逆に権力者にこびへつらう歌もある。しかし、時代を映さない歌はひとつもない。映さないようにしているのは、それなりの意味がある、と考える。
毛遊びの歌だって、ちゃんと時代を反映する。尾類小の思いを乗せる歌はすぐれて社会的な歌が多い。

大工先生の「沖縄をかえせ」や「インターナショナル」なども話題にあがっている。
確かに、こうした歌を唄えるのも、八重山民謡の無形文化財である先生の深い経験と思いがあるからであろう。
軽く唄える歌ではないからだ。

今は南アフリカの国歌となった「ンコシ シケレリ アフリカ」がとりあげられている。
すこし説明を加える。

この歌は、南アフリカのアパルトヘイト(有色人種隔離差別政策)廃止をめざすたたかいで唄われ続けてきた。南アフリカの豊富なダイヤや金や農作物は、ほとんどは白人が占有し、先進国アメリカやイギリス、そして日本もその「恩恵」をむさぼった。そのために大多数の有色人種を「劣等民族」として隔離し、差別してきた。しかし、いつかはアフリカに祝福あれ!と願う歌である。みなが幸せになれる日を願う。

この歌のもつ重みと感動をいつも感じる。
「遠い夜明け」という映画で最後に、この曲が流れる。
アパルトヘイト政策に反対し活動した人々は牢獄などで拷問やリンチにあい命を失った。
その葬儀にあつまった人々はこの歌を歌い、勇気を固めて、抗議の行進にでる。
そこに軍隊が。。。その繰り返しの中で、だれがアパルトヘイトも終わる時代がくると予想しただろうか。いや、この歌を歌うと希望が、夢が見えてくるのではないか。
それから、死刑を宣告され27年間投獄されていたネルソンマンデラ氏率いた新政権は、支配していた少数の白人に「報復」ではなく、「アフリカに住むものとして平等」をめざした。

いま、暴力に暴力の報復が満ち溢れる時代である。
戦争にテロ。

しかし、まるでその時代もいつか終わるといわんばかりに、南アフリカの人々は、21世紀を迎える直前、アパルトヘイトを終わらせるとき「報復」という道を捨てた。

ンコシシケレリアフリカ、という歌は、アフリカに住むすべての人々に祝福あれと唄う。
だから、それは人種の差別なくみな平等だという思想が深く刻まれている。
歌に、国のすすむべき道が表されている。いや人類の、ではないか。

気軽に鼻で唄う歌もある。けれど踏みつけられた人々が大事にしてきた宝物のような歌もある。たくさんの人々に唄い継がれ、磨かれていく。

振り返り私たちの国の歌はどうだろうか。。。
posted by たるー at 00:11| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月10日

奄美

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図書館で見つけた本。
奄美の写真集だ。
綺麗な海、空、自然だけでなく、しっかりと人々の暮らし、祭り、祈りを写真に記録してある。
奄美大島だけでなく、徳之島、沖永良部島などの写真もある。

1960年代の写真もあり、自分の幼少期を重なって面白い。

posted by たるー at 00:00| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月04日

親子で三線

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長男は高校2年生。
コンクールの時の写真。

昨年から海田教室に通いだした。
やってみるかい?と聞いたら「いいよ」という二つ返事。
昔から、ときどき三線をわたして弾かせてみたのだが、あるとき、ずっと三線を握っている。
弾いたり、休んだり。こりゃ、誰かにそっくりだな。。。

試験や体調などを別にして、ほぼ毎週通っている。

海田教室のみなさんには大変お世話になりながら、長男も気持ちよく三線を習う場所を得たわけだ。
それから一年と3ヶ月。琉球民謡音楽協会のコンクールにもださせていただき、新人賞もいただいた。
コンクールまえはバイトも忙しく、正直いって練習も十分ではなかったようだ。
だから、それで合格というのは、むしがよすぎる、とちょっとおやじは思っている。

でも、コンクールを経て、彼もかれなりに成長してきている様子も見える。
人と人の関係だ。
海田教室の方々が、いろいろ教えてくださる。
ある日、ある方が「ちょっと、しつこくしゃべりすぎたかねえ」と本人に言われた。
すると彼「いやー。もっと話したかったですよ」

最近の若者にしては、ちょっといいんじゃない?みたいな贔屓目で見ているおやじがいる。

息子よ。君にとって、この三線の経験がこれからの人生のほんのすこしでもいいから役に立ってくれたら、おやじは本望なんだよ。これくらいしか、おやじらしいことができないからね。

コンクールで合格した御祝いの三線がまもなく届く。
いつか二人で弾きたいものだね。



posted by たるー at 18:33| 広島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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