2005年03月27日

三原の三線教室

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私の師匠仲西光雄先生のご長男さん、樹(たつる)君が三原にいる。
三原というのは広島県の南東に位置する市。
そこで今年の1月から三線教室を開いている。

琉球民謡音楽協会の新人賞の時から一緒に受けてきた仲間であり
いい相談相手だ。

広島は、海田公民館(海田町)と横川(甑2階)と中国新聞文化センター興銀ビル教室
が私の担当。
そして三原は樹君が担当して、仲西光雄先生の教えで三線を指導している。

二人ともまだ教師免許がないので、先生の変わりにご指導させていただく形である。

今年は広島方面からは15名の方が、琉球民謡音楽協会に入会された。
7月1、2、3日沖縄は西原町中央公民館で行われる第5回民謡コンクールに
出場予定の人々。
三原からも何名か受けにいかれるそうである。

ぜひ、三原など広島県東部の方で三線を習いたい方は
チラシを参考にしてご連絡ください。


posted by たるー at 11:32| 広島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月25日

御万人ぬ願い

deruta3.jpg今日の中国新聞の夕刊のコラム「でるた」に私の拙文が載った。

知り合いの記者と話しをしていて、
こんな歌を作ったという話しをしたら原稿依頼がきた。

どのようにみなさん思われるか、まあ読んでみてください。
posted by たるー at 18:42| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月21日

島唄! 平良とみ

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平良とみさんが中心になって書かれた「島唄!」を海田図書館から借りてきた。
とみさんといえば、NHKの人気連続ドラマシリーズ「ちゅらさん」でも、愉快で、摩訶不思議なおばあの役で知られている。

私が知ったのは「GAMA月桃の花」という映画で、ガマ(洞窟)の中で、傍若無人の日本兵に
歯向かうおばあの役であった。そのイメージが強いまま、ちゅらさんをみたからすこしギャップを感じていたのだが、この本を読んであらためてトミさんの、しっかりした視点を感じた。

とはいえ、この本の構成は嶋津与志が担当していて、彼はGAMA月桃の花の原作者でもある。
一度嶋さんとはお会いしたことがあり、いつか広島にもいくからそのときは、といったきりであるのは惜しい。

とみさんは、いろいろなお芝居などの中で基本視点は、沖縄の芸能のすばらしさ、
琉球の歴史の中で目を向けなければならない人頭税やヤマト薩摩の琉球侵略、
沖縄戦、戦後の基地問題などをベースにしている。

映画「ナビィの恋」では、昔の約束を一途に守るおばあの役を見事に演じた。
ひょうきんでありながら、どことなくペーソスをうまくかもし出した登川先生の評判も
いいが、私は、目立たないが、存在感をしっかり出した平良進さんの演技にも注目
したい。
平良とみさんと平良進さんは実生活でのご夫婦だ。
だから墓の前で抱き合うシーンには、どことなくリアリティーがあったとい感じたの
は私だけだろうか。

平良進さんとは、映画「MABUI」にエキストラ出演した私だったが、その金武町の元クレー射撃場跡地をロケ地にした撮影現場で、一緒にお昼を食べたことがある。
この映画の製作であり音楽監督であり、あの「月桃」(GAMA月桃の花の主題歌)を作った海勢頭豊さんと3人で、ふりしきる雨の中映画のテントの下で幕の内弁当を食べた。
平良進さんは、沖縄では、大御所の映画スターであるが、そういうところは微塵もない。
「広島は昔いきましたよ、懐かしいなあ。またいきますからね」
という会話になったままというのは、嶋さんの時と同じである。

それっきりなのだ。そうれもそうだろう、別に連絡先も渡してないのだから。
というより、洞窟の中から出てきたぼろぼろの服をまとった捕虜の格好をしているのだ
から名刺もなにもない。

とみさんの話しがだいぶそれた。
とにかくいい本である。

posted by たるー at 22:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月20日

地震だ

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八重山の小浜節を最近唄っている。
こまかい節回しを声楽どおりに唄うくらいのレベルだが
三線とのずれ、なんでここでこんなずれを作ったのかなあ
と考えると楽しい。

教師試験の課題曲も唄っているが
昔からのくせで、試験の前になると、その勉強以外の
ことをしたくなる。小説を読み出したり。。
なにかスイッチがはいるのかもしれない。

朝起きて小浜節をやっていると
ぐらぐらときた。
おや?長い、しかも、初期微動から本ゆれまで長い。
遠くの地震だ。しかも広島もけっこうゆれているから
かなりひどい地震か。
阪神大震災のときも、けっこう広島のゆれは長く、
いやな予感がしたものだった。

今回は福岡の海が震源地らしい。
被害はどうだったのだろう。
宮崎の両親は元気だった。

2001年の芸予地震のとき
河原で三線を弾いていた。
川面に波が起こり、山から土ほこりのような煙があがっていた。
三線を持ったまま、ベンチから立ち上がったことを覚えている。

写真は海田の様子。




posted by たるー at 11:30| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月19日

息子の卒業

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うちの次男が小学校を卒業した。
かれは沖縄そばが大好き。
ビギンの曲も耳コピーで三線で弾く。

中学生になったら、三線もちゃんとやりたいとも思っている。

けれども陽気な息子です。
友達との別れを最後まで惜しんでいました。

いつのまにか大きくなったなあ。

posted by たるー at 23:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月14日

いつみグループ

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5月27日広島にいつみグループを呼ぶ企画がはじまった。
そのポスターができた。

「想う」という文字が中央に。

いつみグループの唄は、ほのぼのとした内容である。
代表作は「沖縄(うちなー)」「北谷真牛」。

人の情けや沖縄の身近な暮らしぶりが歌われる。
それを「民謡酒場」のように酒と料理をだして聞くという趣向。
ただ、それだけでは寂しい。

戦後60年という年、広島でもさまざまな催しが行われる。
60年、戦後が還暦を迎えて、いま一度戦争とはなんだったかを
問い直す機会でもある。

それで「想う」

ほのぼのとした唄の中にある人の情け。
それは親への想いであったり、恋人への想いであったり
亡くなった人への想いや平和への想いというのもあるだろう。

広島から沖縄を想うというのは私のこと。
こういう唄情け心というものを持っている沖縄の人々を
心から尊敬する。
他人への思いやりを大事にする沖縄の人々に学ぶことは多い。
そういう人々との出会いを想う。

いろいろな「想い」をもってコンサートが成功することを祈る。

昨日はそのメンバーが集まり、なぜか韓国の「参鶏湯」(さむげたん)
という薬膳料理をつつきつつ酒を飲んだ。
終わりのほうはよく覚えていないが、とにかくいい集まりだった、だろう。

posted by たるー at 23:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月12日

海田公民館祭り

PICT0037.JPGPICT0030.JPG
広島は雪になりました。
手がかじかんでいる。
先週の日曜に行われた海田公民館祭り。

海田公民館の「沖縄民謡と三線」講座のみなさんが
安波節、安里屋ゆんた、童神、涙そうそうの4曲で
出演。
お客さんも喜んでくれました。

さむすぎる!
サウナへ行ってきます!では。
posted by たるー at 18:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月05日

三線仲間

sinnen 010.jpg3月4日は三線の日。
沖縄をはじめ、各地で三線の日のイベントがある。
広島では、これというイベントはなく、好きな人がそれぞれやっている
くらいである。

私は琉風会のエイサー練習の会場で、三線地謡仲間と
かぎやで風を弾いた。

琉風会発足の当初から仲間のMさんはお医者さん。
いつも沖縄民謡の話題でいろいろ話しができて楽しい。
そして情熱家でもある。広島のチンドングループにも属している
沖縄は宮古島出身。
昨日はかぎやで風を一緒にやって
「今年はこれを目標にする」といっておられた。

Nさん、いつもたるーのライブではギターを弾くギターの先生。
三線もうまい。最近は琉風会の地謡としても唄声を響かせる。
工工四とにらめっこしながら苦戦していた。
この人のギターと三線でのセッションは最高である。
お互いのクセも知りつつ、今後とも長いお付き合いをしたい。

シーゲーと呼ばれる小学校の先生。
彼も面白いユニークな人。
先日は出張先でたまたま古謝美佐子さんと夏川りみさんの
コンサートにでくわし楽屋へ飛び込んだ。
古謝美佐子さんとは2年前のコンサートに
琉風会がゲストで出演し、打ち上げでは居酒屋で
ミニライブまでしてくれた。しかも元ネーネーズ3人で。
シーゲーは三線やらケースやらにサインをしてもらい
それからも三線の練習に熱がはいった。
腕もかなりあげられた。

この4名で昨日は琉風会の地謡の録音をした。
おどろくほど声と三線がぴったり合い、
琉風会で最高の地謡テープが完成した。

仲間たちとエイサーの地謡も長く鍛えいいものをつくっていきたいものだ。
posted by たるー at 16:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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